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東方海恵堂~Marine Benefit./海恵堂異聞:Migration to the conceptual sea./海探抄/之七

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< 之六   海探抄   之八 >

BGM:陽気な知将と、おどる観衆
「いやいや、お姉が言った通り。本当にここまでたどり着いちゃったのね!」
「しゅんけいお姉……」
 案内された客間の奥から現われたのは、私や天平ちゃんよりも大分背の高い、鮮烈な紅色の髪を靡かせる女性だった。その長身には古い日本の伝統芸能で使いそうな暗い緑・そして橙色の組み合わせの袴…暗い緑に紅の長髪が生えて、何とも言えない美しさを醸し出しています。
「ようこそ海恵堂の大客間へ。海恵堂の中に入ってこれたのはあなたが初めてよ?」
「それはどうも」
 近くまで来て私たちの前に立つ。少し見上げて窺ったその瞳は深い海のような濃紺で、目は切れ長だった。何だろう、近くまで来ても女性と話しているとは思えない雰囲気です。
「っと、紹介が遅れたわね。私は海の姉妹の次女"海 春慶"よ。どうぞよろしく」
南山不落マーメイド・ブレーン
海 春慶/Kai Syunkei
 そう言って春慶さんは私に右手を差し出して、私もついついその手を取って握手をした。春慶さんの手は大きいですが、温かくはありません、どちらかと言えばいい感じにひんやりとしていて、少し涼しくて気持ちがいいです。そういえば、この感触は天平ちゃんの手にも似ています。人魚の手はひんやりしているものなのでしょうか。
「さて、てんぴょ~う?」
「!」
 握手もそこそこに、春慶さんは悪戯気味なトーンで天平ちゃんを呼ぶ。いつの間にやら私たちが入ってきた扉の前で、背を向けて小さくなっていた天平ちゃんが、春慶さんの一声でビクッ!と跳ねて、ギギギ…と軋んだ機械のようにこちらに目を合わせる。
「もー、このやんちゃ妹め、回廊を壊したのはこれで何回目よ?そんなに京雅お姉に怒られたいの?」
フルフル………フルフル!


 背中越しに天平ちゃんの首が激しく横に振れる、誰が見ても全力の否定です。
 というか春慶さん、結構楽しそうですね。
「もうそろそろ私からはフォロー出来ないわよ。んー…私抜きでお姉に怒られてくる?」
「やっ!やー…やぁ~……春慶お姉、たすけて~…」
 春慶さんの一言に、直ぐに振り返って助けを求める天平ちゃ…あ、凄く目が虚ろになってます。どうやらそのお姉さんは、天平ちゃんにとって相当恐ろしい存在のようですね。
「春慶おねぇ~…」
「あっはっは、まあなるようになるわよ。京雅お姉も天平の試合は見てたしね。私はどちらかと言うと、よくこの人を殺さないで連れてこれたわね…って褒めてあげてもいいけど」
「ほんと…?」
「個人的には…よ?だからと言ってそれを口実にお姉にフォロー入れるつもりは毛頭無いからね」
「やっぱり春慶お姉もいぢわるだし~」
 歳の離れた従姉妹がじゃれているような光景に、私も今までの事をつい忘れて少し、私は休憩用のソファでくつろいでいました。
 それと、天平ちゃんはこの姉妹の中では可愛がられている様だとも感じました。身近な人が気兼ねなく接してくれる…表裏無く接してくれるこの場所と、天平ちゃんは………そうですね、正直言って羨ましいかもしれません。
「………ふぅ」
「さて、天平いじりはこれくらいにして、つくしさん?」
「は、はいっ?!」
 気を抜いている所をいきなり呼ばれて、私は背中を預けていたソファからとっさに立ち上がる。急に呼ばれたせいか、背筋が張って直立になってしまいました。
「じゃあまずは祝言から…"お待ちしていました、我らが龍宮の賓客様"………こんな感じかしら?」
「…そう言って私を歓迎すると言うことは、やっぱり私のことは知られていたのですね?」
「いい着眼点ね。確かに私たちは貴女を知ってるわ。私より下の妹達は名前程度、お姉とかその他の方たちは…何処まで知っているか見当も付かないわね」
 春慶さんの言葉はつまり、これまでの事を知っていたと仄めかしている。この海恵堂を有する海の側の町に私がいる事も…私が中津綿津見を下ろせる現人神であると言う事も…それを行使してここにやって来ることまでも…
「どうして知っているのか知りたい…わよね?」
 春慶さんの問いに、言葉も無く私は頷く。
「それじゃあ私とここにいると言うことは、今までの流れからどうなるのか理解しているはず………でしょ?」
 ニヤリと笑って問うてきた春慶さんの言葉に改めて身が引き締まる。ここまで四人の姉妹と何だかんだで闘ってきたのだから、ここで何をするのかなんてわかりきっている。天平ちゃんや鈴竹さんのような事前の予備動作は無い。何を隠し持っているのかは分からない。ですが、知りたいことを知るためには、為すべきことを為すためには、戦うしかありません。
「…一度握手をした間柄として見逃してはくれませんよね」
「答えがわかってる質問はするもんじゃないわね?」
「聞いてみただけです」
 楽しそうに返す春慶さんでしたが、目は笑ってません。深い濃紺の瞳が、何層にも重なった冷酷な氷塊のような輝きをしていますから。
「ふふっ、負ければどうなるか考えたくも無いこの場所で冗談が言えるのだから。なるほどお姉が…"あの方々"が指名をしただけの事はあるわね」
 腕組みをしながら感慨深げに言う。どうやら、春慶さんはこの一連の出来事について理解している側の一人のようです。それなら…
「それなら、とりあえず春慶さんを倒して私の知りたいことを教えてもらいます。ついでにこの町の海上異変も!」
「はっは、地上の事が二の次になるその度胸!実に楽しみだわ!これは力の出し甲斐がありそうじゃない!」
バサッ!!
 そういうと、春慶さんは羽織っていた深緑の上衣を空に放った。それに視線を奪われていると、絢爛空虚で人気の無かった部屋が一気に色めき立って、周囲に人より遥かに小さな人の形をした大群が集まっていた。
「さあさお立ち会いお立ち会い!妖精共もみんな集え!海恵堂の弾幕遊びが始まるぞー!」
 春慶さんの前口上で、周りに観客の波ができる。客と言っても人ではなく、鈴竹さんに案内されている時に上空で見かけた妖精達…そして、よく絵本とかで見ることの出来る、魚の下半身を持ったミニサイズの人魚達です。
ヤッチャエー

イイゾイイゾー
 それぞれが、人の言葉のように聞こえる歓声を上げて、時には売り子みたいな存在があったり、時には鉢巻をしている熱狂的なファンみたいなのがいたり…まさに、この試合を"観戦"しているように周囲を囲っている。
「客寄せはこんなもんでいいかしら?どうせサクラサボりは後で京雅お姉が無理やり集めるし」
「凄い…」
 まるで、自分達が何かの決戦にいるような熱気。私もその波に飲まれそうになる。これは春慶さんの人望と言うものなのでしょうか?それなら京雅さんというお姉さんは…
「それじゃあ舞台は整った!さあつくしさん、一戦交えようじゃあないの!」
「は………はいっ!」
 今までと少し違う、まるで催し物のような闘い。そんな空気に僅かながら違和感を感じながらも、私は大幣をその手にを呼んで春慶さんを見据えた。
BGM:喧騒の波長とタイダルウェイブ