东方外来韦编/2018 Autumn!/幻想之源①

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  • 该内容于杂志中页数:016-017
  • 翻译:hyzdjx

幻想之源①

Fragment of Phantasy


東方Projectにちりばめられた、様々な幻想の欠片を覗き見るコラム。

今回はライター塩田信之氏が、「緋想天」にまつわるモチーフを紐解いていく。

まずは最近出番が増えてる「天人」について――。
本栏目将窥视星罗棋布于东方project里的各式各样的幻想碎片。

这次将由作家盐田信之来解读和“绯想天”相关的主题。

首先让我们看看最近出场次数增加的“天人”吧。
天界と天人たちの伝説
天界和天人们的传说
う考え方はとても古くからありますが、元を辿れば大陸から伝わってきた考え方のようです。わかりやすい例として挙げられるのが神社に祀られている神様で、最高神にして太陽神たる「アマテラス」をはじめとする「天津神」と呼ばれる神々は、「高天原」と呼ばれる天上の世界に住んでいます。そんなアマテラスの孫にあたるニニギが「天孫降臨」して地上を治めるようになったというのが、日本の神話に描かれている国家の始まりです。現在「日本の象徴」存在とされる天皇はニニギから連綿と続く血統ということになっているわけですから、天界が本当にあって天人も存在していることになるわけですが、あくまでも神話上のお話なので鵜呑みにできるわけではありません。


神話の受け取り方は人によってさまざまですが、天孫降臨については当時の先進国の人々が海を渡って日本にやってきたという事実をファンタジックに表現したという見方が一般的と言っていいでしょう。神話の中でもニニギは稲作の技術を携えていたとありますから、その技術を持たない人々から見れば神のように思えたのかもしれませんし、やってきた人々が実際に「我々は神の一族だ」と言っていたとも考えられます。それでは、神話で高天原とされた天孫たちの元々いた場所はどこなのでしょう。手掛かりとなるのは、よく「邪馬台国がどこにあったのか」という話題に出てくる当時の中国の史書、通称「魏志倭人伝」に記された邪馬台国までの行程です。そこには韓国から海を渡り、対馬と壱岐を経て、末慮国と呼ばれる九州北部にあったと思われる地域に到達します。邪馬台国へはそこからさらに行程があるのですが、ここでは現在の韓国から九州に渡るルートが確立されていたことさえわかれば十分です。ちなみに神話には天孫降臨以前にも日本へやってきた神がいて、乱暴狼藉を働いて高天原を追い出されたスサノオ、オオクニヌシに国譲りを迫るタケミカヅチは島根県に降ったとありますから、そちらは隠岐を経由するルートだったのかもしれません。どちらにしても、韓国あるいは中国に高天原があったと考えるのが自然でしょう。
天界住着天人这个看法自古以来就有,究其源头的话,这可能是从大陆传来的观念。举一个浅显易懂的例子,在神社祭祀的神明中,以身为最高神和太阳神的女神“天照”为首的被称为“天津神”的众神,就住在被称为“高天原”的天上的世界里。作为天照的孙子的琼琼杵尊通过“天孙降临”统治了地上,这是日本神话所描写的国家的起源。现在作为“日本象征”而存在的天皇就据说一直延续着始于琼琼杵尊的血统,由此似乎可以说天界和天人也真的存在,但这不过是神话故事,不能盲目听信。


对神话的理解因人而异,不过一般认为天孙降临是以幻想的方式来表现当时的发达国家的人们渡海来到日本这一事实。由于在神话中琼琼杵尊拥有种稻的技术,因而可能在不具有这种技术的人看来,他们就如神明一般,并且那些过来的人也有可能实际上说过“我们是神之一族”。既然如此,在神话中的高天原,即天孙们原本居住的地方在哪里呢?当时的中国史书《魏志·倭人传》经常出现“邪马台国在哪”这一话题,线索就在这本史书所记载的前往邪马台国的路线里面。这段旅程从韩国出发渡海,经由对马和壹岐,到达被称作末卢国的九州北部地区。要到达邪马台国还需要继续行程,不过到此为止已经充分说明了从现代的韩国出发到达九州的路线。顺便一说,神话里有在天孙降临前就到达日本的神明,如因粗暴专横而被赶出高天原的素盏呜尊,以及逼迫大国主让国的建御雷神,由于建御雷神降临过岛根县,因而可能有经由隐岐到达那里的路线。不管怎么说,认为高天原在韩国或中国是很自然的吧。
羽衣をまとった天女たち
身披羽衣的天女
さて、日本で天人といえば「天女の羽衣」の昔話に代表される、人間の男と結ばれる天女の物語がまず思い浮かぶのではないでしょうか。羽衣と呼ばれる薄布をまとって空から降りてくる美しい女性のイメージです。どうして地上にやってきたかといえば、水浴びをするためだったり温泉に入るためだったり、場合によってはいい男を捜しに来たりと物見遊山の観光客みたいな理由が多く、水浴びの間に羽衣が盗まれたりして天に帰れなくなるとあっさり地上に留まって現地の男の嫁になってしまいます。地上で子供も産まれて貧乏なりに幸せな暮らしを送っていると、子供が隠してあった羽衣を見つけたりして男に別れを告げて天界に帰ってしまうというのが大体のパターンで、詳細の異なるいろんなバージョンがあります。子供はいなかったり、残される場合もあれば連れ去られてしまう場合もあってさまざまです。


そんな天女伝説も、やはり中国や韓国から伝わってきました。しかもそれは、七夕の「織姫と彦星」の物語と関係が深いようです。中国ではとても古くから七夕の伝説があって、二世紀ころの書物にも記述が見られます。日本から遣唐使が渡っていた唐の時代には、その二次創作のような物語も流通していました。織女と牽牛(中国での呼び方)はすでに年に一度しか会うことが許されない状況で、織女はその制限を課した父(あるいは祖父)である天帝から「地上に遊びに行っても良い」との許しを得て地上に降ります。黒と白の薄絹をまとって天から降りてくる姿はまさに天女そのもの。目的地は地上で賢く美しいと評判の若者の家で、名乗った次の瞬間にはひとりが寂しいので一夜の契を交わしたいとあけすけに願い出ます。織女は翌朝天に戻るものの、その後も毎晩のように逢瀬を重ね、男は牽牛と夫婦であることを知っているから嫉妬し束縛しようとします。しかしやがて織女から別れを告げられ関係は終了。織女は天井と地上では倫理観が違うと言い、不倫関係を悪いとは思っていないようですが、若者への愛情も本物だったようでその年の織女星(琴座のヴェガ)は光を失ったという物語です。

日本の天女の物語にも、天上に夫がいるから帰りたいのだが、帰れないからしかたなく地上で暮らすパターンがあります。また島根県に伝わる天女伝説には、天女が天に戻る際に天にまで届く木の育て方を教えて追ってこれるようにする「ジャックと豆の木」みたいなパターンもあって、天上で暮らすようにはなるけれど、男がいいつけを守らなかったせいで天女とは一年に一度しか会えなくなってしまう七夕の由来話にもなっていたりします。
说起来,在日本提到天人就会立马让人想起那个具有代表性的“天女的羽衣”,这一天女和人类男性结缘的故事吧。天女是身披被称作羽衣的薄布,从天而降的美丽女性。要说她为何来到地上的话,有时是为了洗澡,有时是为了泡温泉,视情况而定有时会找好男人或者会成为游山玩水的游客,多是这些理由。在洗澡的时候她的羽衣被盗导致她回不去天上,于是干脆留在了地上,成为当地男人的妻子,并且在地上生下了孩子,过着虽然贫穷但是幸福的生活。在这时孩子找到了藏起来的羽衣,于是她和男人告别,回到了天界。故事基本上是这种套路,细节因不同版本而异。有的版本里没有孩子,有的版本里天女留了下来,也有的版本里天女被带走,各种各样的都有。


这个天女传说是从中国和韩国那边流传而来的,并且和七夕的“织姬和彦星”故事有很深的关系。在中国很早就有了七夕的传说,在二世纪左右就有书籍记载*。在从日本派出遣唐使渡海到达的唐朝,就流传着它的二次创作般的故事。由于织女和牵牛(中国的读法)只被允许一年见一次面,因而织女从制定这个限制的父亲(或者是祖父)即天帝那里得到了“可以去地上游玩”的准许,降临到地上。她身穿黑、白两色的薄绢从天而降的姿态不辱天女之名。她的目的地是地上有着才貌双全评价的年轻人的家。她在报上名的瞬间,由于一个人太寂寞,直截了当地提出了希望进行一夜之欢的请求。尽管织女第二天早上就回归天上,但她之后每晚都和他幽会,男人知道她和牛郎是夫妇之后很嫉妒,想把她束缚住。但是不久织女就对他告了别,结束了这段关系。织女说天上和地上的伦理观不同,并不认为不伦关系有错,对年轻人的爱情也是真心的。那一年的织女星(天琴座Vega)黯淡无光。就是这样的一个故事1

日本的天女故事里也有在天上有丈夫所以想回去,但由于无法回去而只好留在地上生活的故事。另外在岛根县流传的天女传说里,天女在归天之际,传授了种植能长到天上的树木的方法,那是可以让人追到天上的类似于“杰克与豌豆”的套路,虽然因而可以在天上居住,但由于男人没有遵守嘱咐,导致他和天女只能一年见一次面,这也是七夕由来的一个故事。
インドの天女アプサラス
印度的天女飞天女神
中国の織女は、中国三大宗教のひとつとされる道教で信仰されている天帝の親族で、後にはやはり道教の女神である西王母の親類になったりもする神仙です。中国の天女像はいわゆる「仙女」とほとんど区別がつかないほどよく似ていて、ぶっちゃけかなり混同されています。仙人・仙女が住む「桃源郷」とも呼ばれる「仙境」も、いわゆるの世界観にありますが、やはり中国で信仰される仏教からの影響も色濃く感じられます。そもそも道教は中国周辺のさまざまな宗教を取り込んで発展してきた歴史があって、後には『三国志』の関羽はおろか『西遊記』の孫悟空など空想上の存在ですら神として取り込んでしまう柔軟性の高い宗教です。釈迦や弥勒に阿弥陀や観世音だって後に道教の神として採用されていますし、仏教とはもともと親和性が高かったのでしょう。


仏教はインド発祥ですが、時代によっていろいろ変化はありますがヒンドゥー教に比べれば少数派です。初期の仏教は厳しい修行を通じて悟りを開くことを目的としたもので一般の人々には不人気でした。中国に伝わったのはそんな初期の仏教で、儒教思想とも結びついて独自に発展します。そのころ本家のインドでは「もっと優しくしないと一般人がついてこない」という宗教改革が起こり、インドの古い宗教(ヒンドゥー教の元になったバラモン教など)を見直していました。それが大乗仏教や密教という形に発展していくことになります。『西遊記』は実在した玄奘三蔵が六世紀にインドまで「新しい仏教の教え」を取りに行った旅をエンタテインメント化したもので、これにより密教が中国にもたらされたとも言われています。密教には性的な要素もあったりして、儒教思想の強い中国では受け入れに抵抗もあったのですが、反面喜んだ人々も少なくなかったはずです。そして、遣唐使の一員として中国に渡り、最新の仏教を学んで日本に戻った最澄と空海が伝えたのも、密教の要素が多分に含まれた仏教でした。

天女の原型は、インドの古い神話に登場する「神々のために踊る海の精」アプサラスと呼ばれる半分女神の妖精的存在です。やはり天上の世界に暮らすとされ、羽衣のようなものをまとって飛び、地上に降りて人間の男と結ばれる物語もあります。ほぼ同様の存在としてペルシアのゾロアスター教にはペリという天女がいますし、イスラム化した後にもフーリーという男性が死後に訪れる天国で歓待してくれる女性もいます。アプサラスには主神であるヴィシュヌの妃であるラクシュミが含まれていたりしますが、こうした各地の天女たちはそれぞれの伝承にやはり人間の男と結ばれるエピソードがあります。またアプサラスには主神であるヴィシュヌの妃であるラクシュミが含まれていたりしますが、こうした各地の天女たちはそれぞれの伝承にやはり人間の男と結ばれるエピソードがあります。またアプサラスにはガンダルヴァという夫たちがいて、神々に音楽を聞かせる「天上の楽神」とされるキンナラとキンナリーの夫婦神にも天人・天女の要素が見られ、織女や天女たちに天上の夫がいる設定にも通じます。こうした天人たちが密教の発展とともに仏教の守護神と考えられるようになり、仏像が造られたり曼荼羅に描かれたりし、それが中国や日本にも伝わっていきました。仏教の吉祥天や、日本神話のアメノウズメなどに、そんな影響が感じられます。
中国的织女,是中国三大宗教之一的道教所信仰的天帝的亲族,后来就成为了神仙,为道教女神的西王母的亲戚。中国的天女像和常说的“仙女”基本上没有区别,非常相似,基本上被混为一谈。仙人、仙女所居住的被称为“桃源乡”的“仙境”,也和天上的世界非常相似。天女、仙女在道教的世界观里都有,是因为受到了佛教的影响。原本道教就有吸收中国周围各种各样的宗教而发展起来的历史,不用说后来《三国志》里的关羽,甚至《西游记》里的孙悟空这种幻想中的存在,都被当作神明吸收进来,是拥有高度弹性的宗教。释迦和弥勒以及阿弥陀和观世音后来被采用为道教的神明,可能是因为佛教原本就包容度很高吧。


佛教发祥于印度,随时代发生了各种各样的变化,和印度教相比是少数派。早期佛教以通过严格的修行来开悟作为目的,在一般人中没有人气。传往中国的就是这种早期佛教,和儒家思想结合,独自进行发展。这个时候在本家印度,因“再这么严格下去的话就吸引不到一般人”而发起了宗教改革,让印度的古老宗教(成为印度教基础的婆罗门教等)刮目相看。此后就向着大乘佛教和密教的形式发展。《西游记》就是以实际存在的玄奘三藏于六世纪前往印度获取“新佛教的教诲”的旅行为基础进行娱乐化的产物,认为由此密教传入了中国。密教有性的要素,这些要素在儒家思想强大的中国里难以被接受,但对此感到高兴的人也应该不少。另外,最澄和空海都作为遣唐使的一员渡海来到中国,学到了最新的佛教回到日本,他们传授的佛教是包含大量密宗要素的佛教。

天女的原型,是在印度的古老神话里登场的被称为“为众神起舞的海之精灵”的飞天女神,是一半为女神的妖精般的存在。她们也有居住在天上的世界、身披羽衣般的东西飞翔、降到地上和人类男性结缘的故事。在波斯的琐罗亚斯德教里也有几乎同样的存在,是名为佩里(Peri)的天女,伊斯兰化后也有天堂处女(Houri)这一在男性死后到达天国时招待他们的女性。飞天女神也包括主神毗湿奴的妻子吉祥天女,这些在各地的天女留下了各自和人类男性结缘的故事。另外飞天女神里有人的丈夫是乾闼婆,在被认为是“天上的乐神”的为众神演奏的男性紧那罗和女性紧那罗这一夫妇神上面也可以看见天人和天女的要素,和织女和天女们有天上的丈夫这一设定相通。这些天人随着密教的发展被当作佛教的守护神,他们的佛像被制作,在曼陀罗上被描绘,并且传到中国和日本。从佛教的吉祥天女和日本神话里的天钿女命上可以感受到这些影响。

说起东方Project里的天人,那么首先就是比那名居天子,附着在她帽子上的桃子在中国被认为是能带来不老长寿的仙果,在日本被认为具有消灭恶灵的力量。比那名居一族是得到了在天界居住的许可的存在,这和人类道士和方士进行修行成仙的观点相关,也很大程度上反映了日本和中国的天女和仙人思想。
翼を持つ人たち
有翅膀的人们
ところで、天人のイメージに非常に近い存在として、翼を持つ人々がいます。いわゆる天使がその代表ですが、これらにもインドやペルシアの天女たちがルーツとする考え方があります。キリスト教やイスラム教はユダヤ教から派生した宗教ですが、ユダヤ教が唯一神を信仰する宗教となった背景にはユダヤ民族の多くがバビロニアに囚われ奴隷に近い立場となった時代があって、その時にペルシアのゾロアスター教を知ったからだという考え方です。諸説ある中のひとつではありますが、ゾロアスター教がインド・ペルシアの古い宗教をベースにアフラ・マズダーという唯一神を信仰する唯一神教に改革したもので、古い神々は「ヤザタ」と呼ばれる天子に近い存在に変わっていきました。聖書に描かれる天使たちに個性があったり、人間の女と子供を作ったり、自尊心の強さが元で堕天使になったりといった出来事も、かつてはそれぞれが神や天人であったことに由来しているのではないかと考えられます。


また、翼あるいは羽を持った人形の神々はオリエントやエジプト、ギリシア神話などにも登場します。例えばギリシア神話に登場する半人半鳥のハーピーなどは、怪物的に描かれるけれどやはり人間と子供を作ったりするところなど天女の要素が見られます。日本でも迦陵頻伽 (かりょうびんが) と呼ばれる半人半鳥の生き物が伝わっていて天女や天界と関係が深い存在であることが『御伽草子』の「梵天国」に描かれていることなど興味深いものといえます。ミスティア・ローレライは四国などに伝わる妖怪「夜雀」とされますが、これもまた日本のハーピーと言えますし、ローレライはドイツに伝わるセイレーンと呼ばれる人を惑わす妖精の一種の名前です。元々海の精から発展した天女たちは、人魚とも関係の深い存在です。
话说回来,有着和天人的形象非常相近的存在,那就是有翅膀的人们。所谓的天使就是其中的代表,有观点认为他们根植于印度和波斯的天女。这是因为基督教和伊斯兰教是从犹太教派生出的宗教,而犹太教成为信仰唯一神的宗教的背景就是,在犹太民族里很多人经历了被巴比伦尼亚囚禁、处于和奴隶近似立场的时代,当时他们了解到了波斯的琐罗亚斯德教。诸说中的一说认为,琐罗亚斯德教是以印度和波斯的古老宗教为基础,从信仰唯一神“阿胡拉·玛兹达”的唯一神教改革而来,远古神明是从被称为“亚扎塔”的和天使相近的存在转变而来。圣书里描写的天使们具有个性,会和人类女性生下孩子,甚至会由于自尊心强而变成堕天使,他们可能曾经就是上古的神和天人。


另外,有翅膀或者有羽毛的人形的神明,在东方(Orient)、埃及以及希腊神话里也有登场。例如在希腊神话里登场的半人半鸟的夏比(Harpuiai),虽然被描绘成怪物,但她还是会和人类一起生下孩子,从这一点可以看出天女的要素。在日本也有被称为“迦陵频伽”的半人半鸟的生物流传,是和天女、天界关系密切的存在,在《御伽草子》的《梵天国》里有描写,可以说是非常有趣。米斯蒂娅·萝蕾拉被认为是在四国流传的妖怪“夜雀”,这也可以说是日本的夏比,在德国流传着会迷惑人的妖精塞壬,萝蕾拉就是其中一种的名字。原本从海之精灵发展而来的天女们,是和人鱼有密切关系

注释

  1. 见《太平广记》中《郭翰》一文,引自张荐《灵怪集》