东方外来韦编/2018 Spring!/幻想之源②

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  • 该内容于杂志中页数:036-037
  • 翻译:hyzdjx

幻想之源②

Fragment of Phantasy


コラム2本目は、白蓮や飛倉にまつわる「あの絵巻物」の話題。
日本の国宝にも指定されているが、果たしてその内容とは……?
第二篇将谈论与白莲和飞仓有关的「那个绘卷」的话题。
它被指定为日本的国宝,其内容究竟是……
信貴山縁起
信贵山缘起
『信貴山縁起』という日本の絵巻物が「東方星蓮船」のモチーフになっていることは、熱心なファンならご存知の方も多いと思います。でも、それがどんな作品なのか詳しく知っているという方まではそう多くないはずです。「星蓮船」の特集の合間によろしければお付き合いください。
《信贵山缘起绘卷》这一日本的绘卷是「东方星莲船」的主题,我想若是热心的爱好者的话,知道这一点的人会很多。但是,能详细地回答出这是什么样的作品的人恐怕不多。夹在「星莲船」特辑之间的这篇文章,可以的话请读一下吧。
まずは絵巻物の基礎知識から
首先从绘卷的基础知识开始
日本に限った話ではないのですが、古文書などに長い紙を筒状にまとめたものがあります。長い手紙などもそのように書かれていたのですが、書かれている内容を読むときには巻いてある紙を伸ばす必要があります。長いものだと何メートルにもなるので広い場所でなければ全体を伸ばすことができませんが、少しずつ伸ばし、反対側を巻き取りながら読めば狭い場所でも読むことができます。要は、そんな巻物に絵が描いてあるものが「絵巻物」です。日本では古くから絵画表現のひとつとして、連続的な物語を表現する手段として用いられてきました。
不仅仅是在日本,古代文书这类东西都是写在长纸上装入筒里的。长信也是这样写成,在阅读书写的内容时,需要把卷曲的纸伸展开。由于这是很长的东西,可能会有数米,因此如果不在很宽广的地方,就无法将其全部展开,不过如果一点点展开,同时卷起反面来进行阅读的话,即使是在狭窄的地方也可以。需要注意的是,在这种卷轴上进行绘画而形成的物品就是「绘卷」。在日本,这是自古以来的一种绘画手法,用来表现连续的故事。
歴史の授業などで、日本の絵巻物の代表的作品として『鳥獣戯画』あるいは『鳥獣人物戯画』の名前を聞いたことがあるかもしれません。平安時代の終わりごろに作られた作品で、うさぎやカエル、サルなどのいろんな動物がまるで人間のように遊んだり相撲をとったりしている姿を描いたユーモラスな絵巻物です。日本の漫画のルーツなんて言われることも多く、国内外問わずよく知られていてCMなどのモチーフにも使われています。他にも、古典ながら現代のテレビドラマにも劣らない大人の恋愛小説『源氏物語』を絵で楽しめる『源氏物語絵巻』、鎌倉時代に日本を侵略しようとした「元寇」を描いた『蒙古襲来絵詞』、源頼光と四天王の鬼退治を描いた『大江山絵詞』、人が死後に落ちる地獄のさまざまな拷問を描いた『地獄草紙』などさまざまな絵巻物が作られ、テレビなどのない当時のエンターテイメント作品として貴族らが楽しんでいました。現在残っているものは歴史書などにはない「絵で当時の様子を知る」貴重な資料として多くは国宝指定にもなっています。
在历史课上,你可能听说过《鸟兽戏画》或者说《鸟兽人物戏画》的名字。这大约是在平安时代末创作的作品,是以拟人化的方式描绘出兔子、青蛙以及猿猴等各种动物玩耍或者相扑的姿态的幽默的绘卷。它多被称为日本漫画之根,闻名国内外,在广告的场景里也被应用。除此之外还制作了各种各样的绘卷,有可以用画的形式来享受既经典又毫不逊色于现代电视剧的属于大人的恋爱小说《源氏物语》的绘卷《源氏物语绘卷》,描绘在镰仓时代想侵略日本的「元寇」的《蒙古袭来绘词》,描绘源赖光和四天王的除鬼故事的《大江山绘词》,以及描绘人死后在落入的地狱里接受各种拷问的《地狱草纸》。这些都是在没有电视的那个时代里的贵族们用于享乐的娱乐作品。现在留下的作品作为没有被记录在历史书里但「用画能推知当时的样子」的贵重资料,多数都被指定为国宝。
絵物語も、やはり両手を心持ち開いた程度伸ばすとひとつの場面が描かれていて、巻き取りながら次の場面へ移る形で進みます。通常は最初に物語の概要や導入が文章で書かれていて、これを「詞書(ことばがき)」と言います。絵の部分は基本的に絵だけなので、開いては巻き取って進む「紙芝居」に近い形態と言えます。
绘图物语也是,用两手稍稍展开就会出现一个绘成的场景,然后以一边卷动一边移动的方式来推进到下个场景。开始的部分通常是故事的概要和引言,以文章形式写成,这被称为「序文」。画的部分基本上都是只有画,可以说与通过反复打开和卷起来推进的「连环画剧1」有着相近的形态。
中でも、比較的庶民でも目にすることのできる機会があったのが、仏画・宗教画としての絵巻物です。日本に限らず宗教画は、文字の読めない人でも「奇跡などのありがたみ」や「信じない人が受けるバチ」などをわかりやすく伝える手段としてよく用いられました。先に挙げた『地獄草紙』などもそのパターンで、「死後裁きにあう」と文字に書かれるより、痛そうで恐ろしい地獄絵図を見た方が「地獄に落ちないで済むなら」宗教に入りたくなるというものです。宗教画としての絵巻物には、宗派の開祖らの事績を伝える「伝記絵巻」とともに、寺社などの起源を伝える「縁起絵巻」もたくさん作られました。「どんな徳の高い僧が、どんな経緯でこの寺を建てた」という内容で、ここがすばらしい寺なのだと権威づけしたりするわけです。ただし、わかりやすいだけでなく飽きさせないようにする必要もあって、派手に脚色されrていたりもはやファンタジーとしか言いようのない物語になっていることもあります。『信貴山縁起絵巻』もそんな「縁起絵巻」に類するものですが、『宇治拾遺物語』や『今昔物語集』、『古本説話集』といった十二・十三世紀頃の物語・説話集にも同様の話が載っている物語を絵物語化したもので、詳しい成立年代は不詳ながら十二世紀ごろに作られたとされています。作者も不明ですが、人体や建物の表現の正確さ、人間の表情の豊かさ等絵画的なレベルが高かったり、物語としての演出表現も凝っていて、『鳥獣戯画』に並ぶ「漫画のルーツ」とされたり、『源氏物語絵巻』や『伴大納言絵詞』といった作品と並べて「三大絵巻物(四大とも)」呼ばれています。
在绘卷之中,也有相对而言平民也有机会目睹的绘卷,那就是作为佛教绘画和宗教画的绘卷。不仅仅是在日本,宗教画经常作为一种能通俗易懂地告诉文盲「要感谢奇迹」以及「不信者将遭报应」的手段而被应用。之前列举过的《地狱草纸》之类就是如此,比起用文字写着「死后要面临裁决」,展现刺目而又恐怖的地狱绘图,更能劝人「如果不想下地狱的话」就要信教。在作为宗教画的绘卷里,有很多描述宗派祖师们的事迹的「传记绘卷」,以及描述寺院和神社起源的「缘起绘卷」。用「这是多么德行崇高的僧人,因什么缘由建起了寺庙」这种内容,以一种权威的方式来说明这是多么厉害的寺庙。但是,故事不仅仅要易懂,还需要不无聊,因而也有因过于夸大其词以至于变成只能说是虚构的故事。《信贵山缘起绘卷》就是这类「缘起绘卷」,《宇治拾遗物语》、《今昔物语集》以及《古本说话集》这些成书于十二、十三世纪前后的物语和说话集里也记载了同样的故事,是这个故事被改编成了绘图故事,虽然不清楚具体的制作年代,但一般被认为是十二世纪前后制作的。作者也不明,但由于精确地表现了人体和建筑,用高超的绘画技巧丰富了人物的表情,同时在物语的创作手法上也很讲究,因而和《鸟兽戏画》一起被认为是「漫画之根」,和《源氏物语绘卷》、《伴大纳言绘词》这些作品一起并称「三大绘卷(也有四大的说法)」。
高僧とその姉の物語
高僧和其姐的故事
『信貴山縁起絵巻』は三巻で構成されていて、主人公は奈良の霊山「信貴山」に毘沙門天を祭る朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)を開いた高僧「命蓮(みょうれん)」。『宇治拾遺物語』などでは、信州出身の命蓮が一人前の僧となるため奈良の東大寺に向かい、受戒後そこから見える信貴山で修行を続けたことも書かれていますが、『信貴山縁起絵巻』は最初の「詞書」と一枚あるいは複数の絵が失われていて、いきなり物語中の事件勃発から始まります。
《信贵山缘起绘卷》由三卷组成,主人公是在奈良的灵山「信贵山」开办供奉毘沙门天的朝护孙子寺的高僧「命莲」。在《宇治拾遗物语》里记录的则是,信州出身的命莲,为了成为独当一面的僧人,前往奈良的东大寺受戒,之后就一直在从那里可以望见的信贵山上修行。《信贵山缘起绘卷》由于最初的「序文」和一枚或多枚画遗失,因而从故事里的事件突发处开始。
一巻目の物語は、ふもとに暮らす金持ちの家に命蓮がいつも托鉢用の鉢を法力で飛ばしているという状況から始まります。金持ちはそれをいまいましく思っていたため、蔵に鉢を放り込んで放っておいたら鉢が蔵ごと宙に持ち上げ命蓮の堂まで運んでいき、空飛ぶ蔵を追う金持ちと従者たちが描かれます。堂までたどり着いた金持ちが返してくれと訴えると、命蓮は中身の米俵だけ持って帰れと言い、無理ならばとひとつだけ米俵を鉢に乗せ、それに先導させてたくさんの米俵を飛行させて金持ちの家の庭まで届けさせた、という物語です。
第一卷的物语,以命莲用法力让一直用于托钵的钵从山脚居住的富人家里漂起这种场景开始。描绘了富人对钵感到不快而把它关入仓库,结果钵和整个仓库都漂到空中,飞往命莲所在的佛堂,富人和随从们追赶飞在空中的仓库的场景。到达佛堂的富人请求命莲将仓库还给他,命莲说把里面的米袋拿回去吧,做不到的话就把一个米袋放在钵上。随后钵引导了大量的米袋飞往富人家的院子。这就是第一卷描绘的故事。
普通托鉢といえば僧が歩いて家を訪問して行うものですから、そもそも鉢だけを飛ばして食料などを貢がせる状況が異常です。飛ばす法力もすごいけれど、自分で動かない命蓮が横着な上、蔵ごと奪ったり蔵そのものは返さなかったりと人が悪いようにも見えます。命蓮自身は、寄進しない金持ちをたしなめるつもりだったようですが、それより空飛ぶ蔵や米俵のスペクタクルと、道端などに描かれている人々の驚きの表情が印象に残ります。
一般而言钵是僧人走路访家化缘用的东西。说起来让孤零零的一个钵飞起来去乞食就不正常。命莲让钵飞起的法力很厉害,但他自己懒得动,还夺取整个仓库,不把仓库还回去,显得他人不好。命莲自身是想让不愿捐献的富人吃点苦头。在空中飞的仓库和米袋的场景以及所描绘的路人的惊愕表情令人印象深刻。
二巻目は、時の天皇「醍醐天皇」が病に伏せっていて都の高僧に祈らせても治らないということで、霊験あらたかという噂の命蓮に白羽の矢が立ちます。祈祷を依頼するため使者が堂を訪れ、引き受けることにはなりますが祈祷自体は堂で行うと、命蓮は京へ向かうことを固辞します。もし天皇が治っても、多くの僧が祈祷を行っているので誰の祈祷のおかげかわからないと言う使者に、命蓮は護法童子を向かわせるので、それが見えたら自分の祈祷が効いたと答えました。かくして天皇の病が癒やされ、護法童子も確認した天皇は再度使者を向かわせ、褒美を取らせようとするのですが、命蓮はそれも誇示する高潔ぶりを見せて終わります。
第二卷描述的是,当时的天皇「醍醐天皇」病倒了,都城的高僧怎么祈祷病也好不了。听闻命莲的法术特别灵验,使者为了请他来祈祷而去佛堂拜访,命莲答应了但是坚持要在自己的佛堂进行祈祷,自己不前往京城。使者说如果天皇病好了,因为有那么多的僧人在祈祷,所以无法知道是谁的祈祷生了效,命莲便回答说有护法童子会前往,如果看到了就说明是自己的祈祷生效。不久天皇的病痊愈了,确认了护法童子的天皇再度派出使者,想给予命莲奖励,但命莲推辞了,展示了自身的高洁从而告终。
このエピソードは歴史書にも記録されている実際の話なのですが、実際は命蓮にあたる僧の祈祷が行われても天皇は崩御してしまいます。脚色にもほどがあるような気がしますが、飛翔する護法童子の姿がとても印象的でそれ以外は霞んでしまうくらいのインパクトがあります。巻物独特の進め方を意識した演出で、一巻の金持ちたちや二巻の使者が巻物を開く動作に合わせて右から左へ向かうよう描かれているのに対し、護法童子はいきなり顔が見え、広げていくにしたがって全身や載っている雲が飛行機雲のようにまっすぐ長く伸びていきます。信貴山から京の都まで五十キロ近い距離を一気に飛翔するスピード感は見事なものです。毘沙門天の眷属で、首と肩のあたりからたくさんの刀身を吊るしている「剣の護法童子」もかっこよく描かれていて、歴史的な事実との相違など気にもなりません。
这个轶事也记录在历史书里,是真实的故事,但实际上名为命莲的僧人即使做了祈祷,天皇还是驾崩了。实在夸张过度了,但是飞翔的护法童子的姿态非常令人印象深刻,其它的冲击相比之下就黯然失色了。作者针对卷轴特有的推进方式进行构思,第一卷的富人们和第二卷的使者是配合着打开卷轴的动作,以从右往左前进的方式描绘,与此相对,护法童子是猛地现身,随着画的展开,全身所乘的云犹如航迹云一般径直不断延伸。精妙地表现出一口气飞越了从信贵山到京城的近50千米的速度感。「剑的护法童子」由于是毘沙门天的眷属,因此头和肩上挂着大量的刀身,描绘得十分帅气,让人丝毫感觉不到这违背了历史事实。
三巻目は、故郷を発って以来連絡のない命蓮を心配する姉(具体的な名前の表記はなく、「尼公(あまぎみ)」と呼ばれます)が弟を捜す物語です。旅立ちからはすでに二十年の月日が流れており、誰に聞いても命蓮の行方はわかりません。なんとか東大寺にたどり着き、そこで何日も祈り続けると夢に大仏が現れ、信貴山に向かうことを促され、そこでやっと再会。姉もまた信貴山に残り、修行することになってエンディングとなります。
第三卷描绘的是,命莲的姐姐(没有注明具体的名字,一般称为「尼姑」)由于担心自从离开了故乡就没了音信的弟弟而去寻找他的故事。从他开始旅行已经过去了二十年的岁月,不管问谁也无法得知命莲的行踪。好不容易来到东大寺之后,在那里连续祈祷了数日,在梦里大佛现身,催促她前往信贵山,在那里两人终于再会。姐姐于是留在了信贵山,开始修行,就此故事结束。
一・二巻と比べ地味な展開ですが、大仏が助けてくれるところが見どころになっています。蔵の飛行や使者の旅路と、説話集ではほとんど描写されていない部分を絵として膨らませてより情緒深く感じさせてきた絵巻物ですから、三巻目は特に紙幅を使って旅の描写に力を入れています。ご存知の通り、「東方星蓮船」では命蓮の姉である「聖白蓮」が重要なキャラクターとなっています。後に幻想郷に落ち着いて「命蓮寺」を建てるあたりはやはり下敷きとして『信貴山縁起絵巻』があり、ゲームでの姉弟の関係性を想像する上で(あくまでも)参考にもなるはずです。絵巻の命蓮が開いた堂では毘沙門天を祀っていたわけですから、毘沙門天の弟子、あるいは代理として命蓮寺の僧となった寅丸星の存在も『信貴山縁起』に縁があると言えます。ちなみに、『信貴山縁起絵巻』が伝わった実在の寺「朝護孫子寺」の本尊も毘沙門天ですが、これは聖徳太子が物部守屋討伐を行う際、信貴山で戦勝祈願を行い毘沙門天が現れ戦いにも勝利したという言い伝えがあります。今となっては聖徳太子自体実在が否定される見解が強くなっていますが、物部守屋との関係性や、毘沙門天が現れたとされる時が「寅の年、寅の日、寅の刻」とされている点など、東方に繋がるキーワードをもたらす存在として注目すべきでしょう。
和第一、二卷相比,这是朴实的展开,大佛相助那一处是看点所在。和用图画增加在说话集里基本上没有被描写的仓库浮空和使者旅途的部分相比,由于这是饱含深情的绘卷,第三卷特意使用了篇幅来着力描写旅行。正如您所知,「东方星莲船」里,命莲之姐「圣白莲」是重要的角色。后来在幻想乡落户,建起了「命莲寺」,这想来是以《信贵山缘起绘卷》为题材,要推测游戏里的姐弟关系,(无论如何都)要参考这个绘卷。绘卷上的命莲所开的佛堂里,祭拜着毘沙门天,因而可以说作为毘沙门天的弟子或者说代理、成为命莲寺的僧人的寅丸星的存在也和《信贵山缘起》有缘。顺便一说,在《信贵山缘起绘卷》里提到的实际存在的寺庙「朝护孙子寺」的主佛也是毘沙门天,据说是因为圣德太子在讨伐物部守屋的时候,在信贵山祈求胜利时毘沙门天现身,随后便取得了战斗的胜利。虽然现在否定圣德太子本身的存在的观点变得有力,但是他和物部守屋之间的关系,以及毘沙门天在「寅年,寅日,寅刻」那个时刻出现时,他就作为和东方产生了紧密联系的关键词而应受到瞩目吧。
塩田信之
盐田信之
主にゲームやアニメ関係の文章を執筆しているフリーライター。最近の仕事では『真・女神転生DEEP STRANGE JOURNEY』限定版付属の25周年記念教典『メガテンマニアクス』の編集執筆、公式サイトの神話コラム「神話世界への旅」など。
主要书写与游戏和动画有关的文章的自由作家。最近的工作是编辑和书写《真·女神转生DEEP STRANGE JOURNEY》限定版所附属的25周年纪念教典《Megaten Maniax》,以及官方网站的神话栏目「通往神话世界的旅行」等等。

注释

  1. 连环画剧,原文为“紙芝居”,通过一边展示画一边扮演角色来表演。我查到的“紙芝居”有两种,区别在画上。一种是用背景画和人物是分离的,在明治时代之后就有的,称为“立絵”;一种是背景和人物是合并在同一张画里的,称为“平絵”。但不管是哪一种,都没有打开和卷起的操作,在表演的时候时是通过替换(抽取)画来推进剧情的。不过有资料说“紙芝居”源于古代绘卷,不知道是否与此相关