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东方外来韦编/2019 Autumn!/ZUN访谈

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  • 该内容于杂志中页数:022-023
  • 翻译:京都人形


ZUNインタビュー
Strange Creators Interview 02
ZUN Interview
Strange Creators Interview 02
「輝針城」と「アマノジャク」について今振り返って何を思うのか――
如今回顾《辉针城》和《天邪鬼》,又会有何想法——
輝針城のナゾ
辉针城的谜团
——
「輝針城」は「信仰」をテーマにした作品が一段落した後のタイトルでした。
《辉针城》是在以“信仰”为主题的作品结束之后的第一个作品。
ZUN
そんな大きな話も無いしね。ちょうど世間がインディーブームだったので、設定的にも、そこを意識して「下克上」って言ってるんです。インディーゲームって言うと、アイデアひとつで奇抜な作風っていうのが当時特に多くてね。そういう時こそ変なシステムに頼らずに、普通のオーソドックスなシューティングゲームを出そうと。
也没什么太宏大的故事。当时正好世间卷起了独立游戏热潮,所以我在设定上和节奏上都意识了这一点,使用了“下克上”这个概念。说到独立游戏,当年很多都是想法出奇制胜不走寻常路的风格。我就觉得正是在这种背景下,才更应该不依赖于奇怪的系统,出一个普通的正统的射击游戏。
——
なんかすごいエクステンド(1UP)しやすい印象のプレイ感でした。
我玩起来的印象是感觉Extend(1UP)特别容易。
ZUN
そんな難しくないしね。東方を知らない人が遊んでくれるようにって。
游戏不是很难。这是为了也能让不知道东方的人来玩。
——
ラスボスが乗せられてる立場ってのも珍しい気がします。
最终BOSS处于被利用的立场感觉也很少见。
ZUN
このあたりから話が複雑になってくることが多いのかもしれない。最近だと「天空璋」くらいかなあ、ストレートにラスボスが起こしてる異変っていうのは。ストーリーはどうしてもひねくれた感じになってくるんです、作品のクセというか作者のクセというか。なんで戦いに行ったのか、何と戦っているのかよくわからなくなったりしちゃう。でも、それはそれで、そっちのほうがオモシロイと思ってやってるわけです。だいたいシューティングゲームなんて、せいぜい6面しかなくて、それを通じて「やっとこのワル〜い奴をやっつけた!」っていう風にはできないんですよ、ストーリー上(笑)。
从这部作品开始感觉故事开始变得复杂了。最近直接由最终BOSS引发的异变,应该只有《天空璋》了吧。剧情不论如何都会变得有些曲折,可能这是作品的特性或者是作者的特性。不是很容易懂为何去战斗、和谁在战斗了。不过,我也是觉得这样更有意思,才这样弄的。射击游戏大多不过只有6面,从剧情的角度上,不能让每个作品都是“终于把这个大坏蛋打败了!”的感觉(笑)。
——
まあ、言われてみれば(笑)。
也是,这么说的话(笑)。
ZUN
それをやるためには、元から知ってるキャラをラスボスに置いて「きっとアイツが出てくるだろう」って思わせて、本当にラスボスとして登場する、くらいまでやって初めて「やっと倒した」ってなるくらいかなあ。
要想那样弄,就得把大家以前就知道的角色放在最终BOSS的位置上,让人觉得“那家伙一定会出现”,然后再让那个角色真的作为最终BOSS登场,这样人们可能才会有“终于打败了”的感觉。
——
あと、3面までの体験版を先に出すじゃないですか。そのときに「最後はこういうボスになるだろう」っていう予想をすごく嫌がり造りにしているというか。
另外,每个作品不是都会先出一个直到3面为止的体验版吗。这些体验版的构成就是非常不想让人们猜想“最后会是这种BOSS”的感觉。
ZUN
というか、予想通りだったときに面白く感じるような作り方をしてないんです。予想通りが面白い場合は、さっき言ったように「あいつがボスだろう」っていう作り方をするんですよ。まあ僕はやらないですけど、そういう作品は多いと思います。
不如说,我制作的方针就根本不是让人在意料之中的前提下觉得有趣。能够让人在意料之中还觉得有趣,就得像我刚才说的那样以“那家伙一定是BOSS”的理念来制作。我虽然不会那样干,但这种作品我觉得还是很多的。
——
なるほど。
原来如此。
ZUN
やっぱりケフカみたいなキャラがラスボスだったら意外じゃない?(※編注:「FF6」の話)ストーリーとしてもあまり見た事が無いパターンだったし。やっぱりいきなり出てくるキャラがラスボスってのはちょっとねえ。誰だよみたいな。ただ、ずっと出してると意外性が無くなるのが弱点で、威厳と意外性の両立は難しいんですよね。
让杰夫卡那种角色当最终BOSS不是很令人意外吗?(※编者注:指《最终幻想6》)剧情也是很少见的套路。让突然登场的角色来当最终BOSS还是有点那个。会让人觉得“你谁啊”。不过,一直这样做的缺点是意外性会消失,威严与意外性的共存是很难的。
——
たしかに。
确实。
ZUN
そんなわけで、お話としては下克上と付喪神の話ですが結局何と戦ってたのやら。あれはインディーゲームと戦ってたということで(笑)。
像这样,剧情上虽然是以下克上和付丧神为主题但最终还是不懂是和谁在战斗。就当是在和独立游戏战斗吧(笑)。
——
「輝針城」のナゾについてかうかがうんですが、弁々と八橋はなんで素足なんですか?
想问一些关于《辉针城》的谜团的问题,为什么弁弁和八桥光着脚?
ZUN
あれは生まれたての妖怪なんで、逆に履いてたら変かなって。まあ、服は着せないといけないからさ。
那是因为她们是刚诞生的妖怪,穿着鞋感觉反倒有些奇怪。毕竟,衣服不穿不行。
——
さかさまに攻撃してくるっていう構想は早くからあったんでしょうか。
倒过来攻击这个想法很早就有了吗。
ZUN
やらなきゃいけないかなって。ただ、難しくなり過ぎちゃうから「ここから変わりますよ」って演出を入れると、逆に簡単になっちゃうんだけど、変わってる最中も当たり判定はあるから動くと危ないんですよね。あと、あの手の攻撃ってプレイヤー側はともかく、キャラクター的にはどう思ってるんだろうとか疑問は残るよね。キャラ的には何とも思ってないかもしれない(笑)。
感觉不做不行。不过,那样可能会突然变得太难,但是加入了“马上要变了”的演出效果之后,又变得过于简单了,不过因为变化的过程中也有判定点所以轻举妄动是很危险的。另外,那种攻击先不说玩家什么感觉,非常在意作中的角色是什么感觉。说不定里面的角色根本就不觉得什么(笑)。
——
正邪は結局どうしたかったんですかね?
正邪到底想干什么?
ZUN
正邪は本当に反逆したかったのかというとそうでもなく、下克上も本当にやりたかったのかというとそうでもなく、下手したらアイデンティティのためにやってるのかもしれない。反逆した後の事には興味なさそう。反抗期的な、社会に立てついてるのが楽しいキャラであって変えたいわけじゃあないんですよね。
正邪也不是说真的想造反,也不是真的想下克上,说不定只是为了自己的身份才那样做的。感觉她对造反成功之后的事情并没什么兴趣。她只是个处于叛逆期的从与社会作对汲取乐趣的角色,并不是想改变这个社会。
——
意外と針妙丸のほうが、乗せられてる側のわりには信念があるっぽいです。
意外地,感觉针妙丸虽然被利用却更有信念。
ZUN
小人っていうと力は無いけど賢いイメージなんですよね。でも小さい人間が賢いと、単にうるさい感じになるしボスっぽさが無くなっちゃう。サポートキャラっぽいというか。だから表示的にはちょっと大きくしたり、キャラ的にはちょっと馬鹿っぽくなってたりするんです。そのせいかな。針妙丸にちょっと主人公感がある。
说到小人给人的印象是虽然无力却聪明。不过如果只是小小的人类很聪明那只会是一种很烦的感觉,没什么BOSS的特点。给人辅助角色的感觉。所以她在游戏中显示起来稍微大一些,角色上也有种笨笨的感觉。可能是因为这个原因吧。针妙丸有种主角的气息。
——
それは確かに。
确实。
ZUN
本当の大きさをゲーム上でも表現しちゃうと、1ドット以下になっちゃうから大きくせざるを得ない(笑)。弾幕で大きくしたりして、分かりやすい「小さな巨人」的な存在感を出したかったんですよね。でも本当に下克上の主人公だったら、小人が主人公でボスが霊夢ですよね。極悪非道のボス。東方だとありそうだけど。まあ、今の霊夢は傍観者みたいなポジションで、とりあえずあの世界で怒ることを見ているだけで、ボスを倒せないと見れないから倒してる、くらいになってきてる感じはします。
如果要在游戏里体现她真正的大小那可能就要小于一个像素了,所以不得不弄得大一些(笑)。我想让她通过在弹幕里变大等等,有一种显而易见的“小小巨人”的存在感。不过如果她真的是下克上的主角,那么小人就是主角而BOSS就是灵梦。穷凶极恶的BOSS。在东方里可能真的会有。不过,现在的灵梦主要是旁观者的站位,只是在幻想乡那个世界里看别人发怒,如果不打败BOSS就看不到,所以才在打败BOSS,是这种感觉了。
——
(笑)。
(笑)。
ZUN
「輝針城」はまあ、そういうラスボスだったせいなのかとても軽いお話ですよね。それが明るい印象になって、良かったんだと思います。とにかくボス側のほうのテーマが強くて、霊夢とかは何もしてないですからね。道具は利用しただけだし、特にお話に影響もしてないし、やっぱり傍観者だったなって。「東方ではよくあること」です。
《辉针城》可能是因为这种最终BOSS,故事整体上都比较轻松。能够有种轻松明快的感觉,我觉得是很好的。总之BOSS那边的主题性更强,灵梦等人什么都没干。她们只是在利用手头上的工具,也没怎么影响剧情,果然还是旁观者。这是“在东方里常见的事情”。
——
そう言っちゃっていいんですかねえ。
这么明说真的好吗。
ZUN
まあ、もっと言ってしまうと雰囲気ゲーなんですよね。ちゃんと完結してるストーリーが無い。異変も終わってないやつとか多いし。一応おかしなことを霊夢が収めた、ということになってるんだけど、実情はというと……。霊夢が行かなくても勝手に収まってる異変もあるしねえ。
要是进一步地说,就是靠氛围的游戏。没什么好好完结的故事。很多异变都没有结束。明面上,是灵梦平息了奇怪的事情,但实际上……也有一些就算灵梦不去也会自行解决的异变。
——
うーん(笑)。雷鼓についても聞きたいんですが、外の世界とつながっちゃうのはなかなか意外でした。
呃(笑)。我也想问问雷鼓的事情,把她和外面世界联系起来感觉非常意外。
ZUN
飛んでますよね、設定が。EXボスは楽器キャラにしたかったんだけど、古典的な楽器が続いたから新しい楽器にしたくてさ。東方らしい考え方かなあって。電気キャラって珍しいですよね。
确实比较夸张,设定上。我想让EX BOSS是乐器角色,但因为前面都是古典的乐器所以就想用新的乐器。感觉这是很有东方感觉的想法。电力角色确实很稀有。
——
幻想郷に電気が馴染まなそうというか。
感觉电力很不符合幻想乡。
ZUN
あれもデンデン太鼓からの発想で電気に繋がってるんです。ほかに電気を使うキャラもいますけど、電気の能力自体はメインじゃないんですよ。難しいですね。雷鼓は太鼓が楽しいですよね、ロケットと似てるなーって思って飛ばしちゃいました。太鼓が画面の端から端まで行って、爆発してドンって太鼓の音がしたらかっこいいかなーって。
那也是从拨浪鼓联想到电力的。其他也有一些使用电力的角色,但主体并不是电力的能力。这方面很难。电鼓还是太鼓比较有意思,我觉得有点像火箭就让它们射了出去。感觉太鼓从画面一端飞到另一端,爆炸时发出太鼓“咚”的声响会非常帅。
——
手応え的にはどうでしたか。
制作之后手感如何。
ZUN
「輝針城」は過去のゲームを知らないと楽しめない内容っていうわけじゃないので、このあたりからまた東方に入ってくる人が多い印象ですよね。「紺珠伝」とかだと昔からのファン向けのお話で、住み分けが出来てるんじゃないでしょうか。
《辉针城》并不是只有了解过去的游戏之后才能玩,印象中有很多人通过这部作品了解了东方。《绀珠传》主要是面向老爱好者的剧情,感觉两者分工比较明确。
弾幕アマノジャクについて
关于弹幕天邪鬼
——
システム的にはアイテムを使う前提というのは新しいです。
系统上以使用工具为前提是很新颖的。
ZUN
それでも使わないでクリアできるための道をわずかに残すのが大変でした。完全に避けられないように作るなら、そのほうが制作は簡単でしたからね。かといって特定のアイテムじゃないとクリアできないのもつまらないし。
即便如此为了给人留下不使用工具也能通关的道路我还是煞费苦心。要是让人完全避不开,那制作起来反倒简单。就算如此要是只能用特定的工具才能通关也很没意思。
——
なるほど。
原来如此。
ZUN
僕の中ではポップに作った作品です。作った理由はものすごく個人的なもので、ちょうど嫁さんが一人目の子供を妊娠していて、出産予定日が初夏だったからコミケには出られないなって。だから5月の例大祭までにゲームを1本作ろうと。そのころはまだまだインディーゲームブームで、僕は「定期的にゲーム出します」って言っちゃった直後だったので、休むよりは作ろうかなって突貫で作り始めたんです。システムとキャラクターはもうすでに手元にあるから、特に難しいことは無いなって。
在我心中这是风格比较时髦的作品。我制作这个游戏的理由也非常私人,因为刚好妻子怀上了第一个孩子,预定出产时期是初夏所以没办法参加CM。就想赶在5月例大祭之前制作一个游戏。当时世间仍处于独立游戏热潮,我不小心刚刚说出“会定期推出游戏”这种话所以觉得比起休息还是应该制作游戏,就加急开始制作游戏。系统和角色当时已经在手边了,就感觉应该没什么难事。
——
なるほど。
原来如此。
ZUN
でも「文花帖」みたいなゲームをやるほどではないなと思って、別の新しいのを作ろうかなって思って。だからテーマが「気軽にゲームを作る」なんです。ほかのインディーゲーム制作者たちがどんどん大作志向になって、次の作品を作れなくなっている、みたいな話が多い中で「さらっと出す」っていうのをやりたい、ってのもあったんです。誰向けかと言ったら自分のためだけど、周囲に対しての提案の一つでもあるんです。
不过我觉得制作《文花帖》这样的游戏也不太合适,所以就觉得应该制作别的什么新的。所以这个作品的主题是“轻松地制作游戏”。其他的独立游戏制作者们很多都开始志在大作,没办法制作下一个作品了,所以我也想,“轻松地出一个作品”。要说制作这个游戏是为谁那还是为了自己,但这也是我对周围的人的提议之一。
——
たしかに、タイミング的は同人だインディーだっていろいろ議論があった時期かもしれません。
确实,游戏推出的那段时期也有很多关于同人和独立的讨论。
ZUN
議論自体はばかばかしいですよね。それよりも作ろうよって思う。そして今はもうインディーズとか言わなくなって、単に小さなデベロッパーになっちゃったよね。そういう枠組みよりも、中にいる人が育った土壌の問題かなあ。そこで気付いたのは、同人とインディーの差は、インディーゲームは最終的にユーザーに向けて作られるんだけれども、同人ゲームは作ることが目的なんですよね。自分のために作るから「好きだから」っていうことも良くも悪くも出てくる。そういうことを考える時期でした。そして今は個人が作ったものをすぐ世界中の人が触れられるようになりました。
这种议论感觉很愚蠢。我觉得有讨论这些的功夫不如去制作。而且现在反倒不说什么独立之类的,单单变成了小规模开发者这种说法。比起这种条条框框的,我觉得更重要的是里面的人成长起来的环境。从中我察觉到的是,同人与独立的差别是,独立游戏终究是面向玩家制作的,但同人游戏就是为了制作而制作的。因为是为自己制作的所以不论是好是坏“我喜欢”这种感觉就会体现在游戏里。我当时想着这些事情。然后我现在的观念是要让我制作的东西立刻让全世界的人都能碰到。
<了>
<结束>

注释[编辑]