东方外来韦编/参/幻想之源①

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  • 该内容于杂志中页数:034-035
  • 翻译:hyzdjx

幻想之源

Fragment of Phantasy


東方Projectに散りばめられた、さまざまな幻想の欠片を覗き見る本コラム。

今号から書き手に塩田信之氏を迎え充実度が段違いになったことをご報告したい。

その第1弾は「鬼」について。まずはご一読あれ。
本栏目将窥视星罗棋布于东方project里的,各式各样的幻想碎片。

从本期开始盐田信之先生参与写作,内容的充实度将上升一个台阶。

第1弹是关于「鬼」。请先读一读吧。
人を喰う恐ろしい存在とされる鬼ですが、英雄に退治されてばかりかと思えば、ずる賢い人間に騙されたりして貧乏くじを引く滑稽な役回りも多かったりします。ここでは、伝承と歴史的な背景から有名な鬼たちがどのような存在であったのかを見ていくことにしましょう。
鬼是吃人的恐怖存在,经常被英雄消灭,但也经常被狡诈的人类欺骗或者因遭遇不幸而充当可笑的角色。就在这里介绍一下,在传说和历史的背景里那些著名的鬼都是怎样的存在吧。
退治される立場の鬼
处于被退治的立场的鬼
古来、人間に悪さをするといわれてきた「鬼」たちは、いわゆる「昔話」でさまざまなヒーローたちに打ち滅ぼされてきました。昔話に描かれる鬼の悪行といえば、子供や女性を誘拐したり、村を襲撃して金品などを強奪していく盗賊や山賊といった「ならず者」の所業を思い浮かべやすいと思われますが、例えば疫病が流行したら「疫鬼」と呼ばれる鬼のしわざになりますし、激しい風雨で川が決壊でもしようものなら「雷さま」と呼ばれる鬼のせいということになります。だいたい日本を統べる大和朝廷が公的な歴史書である『日本書紀』に、朝廷に従わない反抗勢力(いわゆる「まつろまぬ者」)を指して「また山に邪神あり、郊外にかしましい鬼あり」としてヤマトタケルを征伐に向かわせた記録が残されているのですから、都合のよくない相手を誰彼かまわず「鬼」や「土蜘蛛」あるいは「蝦夷(エミシ)」などと呼んで悪者扱いしていました。
自古以来,「鬼」被人类认为是做坏事的存在,在流传的「故事」里被英雄们消灭。说到故事里描绘的鬼的恶行,容易想到的是诱拐孩子和女性,以及袭击村子、抢夺财物这种盗贼和山贼一般的「恶棍」行为,人们也把传播瘟疫当作是被称为「疫鬼」的鬼所为,把暴风雨导致决堤当作是被称为「雷神」的鬼所为。日本大体上统治者的大和朝廷在其官方历史书『日本书纪』中,留下了把不服从朝廷的反抗势力(所谓的「不归顺者」)作为「山里的邪神,或者郊外吵闹的鬼」并让日本武尊前往征讨的这种记录,从此便把不利于自己的人不分对象地称为「鬼」、「土蜘蛛」或「蝦夷(emishi)」的罪人来对待。
今でこそ、赤や青の肌色の男が腰に虎の毛皮を巻き付けた姿がイメージとして定着している鬼たちですが、昔はさまざまな姿をしていました。どちらかといえば、妖怪の類の総称として「鬼」という言葉があったことは、例えば「魂」や「魍魎」、さらには「魔」などの漢字それぞれに部首として「鬼」が入っていることからも想像できると思います。漢字の「鬼」はもちろん中国から入ってきたもので、もともとは「霊魂」あるいは「幽霊」といった概念に近い意味でした。目には見えない存在だったり、生物から無機物までさまざまなものに憑依したり化けたりするので、外見的にはどんな姿をしていてもよかったわけです。
当今时代,鬼是有着红色或蓝色皮肤的腰上缠着虎皮的男人的印象深入人心,但古代的鬼有各式姿态。非要说的话,「鬼」是妖怪一类的总称,这可以从「魂」和「魍魉」,乃至于「魔」这些带「鬼」部首的汉字中想象到。汉字的「鬼」无疑是从中国传来,原本和「灵魂」与「幽灵」之流在概念上相近。目不可见、可以凭依在生物甚至无机物诸类上或者化身为这些东西,因而外表千变万化。
いわゆる赤鬼や青鬼のイメージは、中国の仏教で発展し日本に伝わった「地獄」観の中で、罪深い死者をさまざまな拷問でいたぶる獄卒からきているものと思われます。さらに元を辿っていくと、仏教発祥の地インドでヤクシャやラークシャサと呼ばれていた鬼神たちがいて、仏教では彼らが仏法の教えを受けて改心し、夜叉や羅刹と呼ばれる仏法守護神になっていった伝説が下敷きになっています。お寺にある仏像として有名な、毘沙門天(多聞天)、広目天、増長天、持国天の四天王像には足元の邪鬼を踏みつけている姿をしているものも多いのですが、毘沙門天はインド神話の財宝神クベーラが仏教化した存在で、もともとヤクシャ族の王でした。そういわれてみれば、厳めしい顔つきの四天王像は角を生やして裸に腰巻だけの姿にしたら鬼と変わらないようにも思えます。
人们所说的赤鬼和青鬼的印象,被认为是在中国佛教里得到发展并被传到日本的「地狱」观之中,对罪行深重的死者进行各式拷问的狱卒里产生的。再追根溯源的话,这种在佛教的发祥地印度,有着称为Yaksha和Rakshasa的鬼神们,佛教中他们接受了佛法并进行了悔改,成为被称为夜叉和罗刹的佛法守护神的传说成为了题材1。寺庙里有名的佛像里,毗沙门天(多闻天)、广目天、增长天、持国天的四天王像多为踩住脚下邪鬼的样子,毗沙门天是印度神话中的财宝神俱毗罗佛教化后的存在,原本是Yakusha族的王。以这个角度看,有着严肃面孔的四天王像如果长出角并且身体上只保留贴身的裙子的话看上去就和鬼没什么区别。
悪鬼たちが仏教に改宗すれば護法善神と呼ばれるようになるのも、大和朝廷に恭順した者が国津神と呼ばれるようになるのも、要は世知辛い世の中をうまく立ち回って生きていけるかどうかということで、鬼たちは要領の良くなかったサイドということになるのでしょう。
恶鬼们只要改信佛教就能被称为护法善神,恭顺大和朝廷者也被称为国津神,关键是能否在水深火热的世道里四处奔波并生存下去,鬼大概就是不得要领的一方吧。
大江山の鬼退治
大江山的鬼退治
とはいえ、鬼退治の被害者となる鬼たちすべてに非がないわけではありません。「鬼退治」と聞いてまず多くの人が思い浮かべるのは昔話の「桃太郎」だと思われますが、この昔話は実話が元になっているという考え方があります。
虽说如此,成为鬼退治受害者的鬼也并非都未曾做坏事。我想很多人一听到「鬼退治」便会想起的故事是「桃太郎」,有人认为这个故事基于真实事件而成的。
元になったお話のひとつが、こちらも有名な鬼退治物語の「大江山の鬼退治」です。大江山は京都の北部日本海側にあるひと続きの山々のことで、古くから修験道の霊山として知られてきました。有名な「酒呑童子」退治があったとされるのは平安時代。歴史上実在した武将、源頼光(「みなもとのよりみつ」ですが名を「らいこう」と読むことも多い)が勅命を受けて、「四天王」と呼ばれる仲間たちとともに討伐したと伝わっています。当時は大江山に限らず山賊などの根城が多くあったので、そうした賊の討伐として行われたものです。この出来事は後に物語として大衆に好まれるようになり、室町時代には『大江山絵詞』という絵巻が作られ現存しています。鎌倉時代末期には『御伽草子』に収録され、同じく収録された「一寸法師」や「浦島太郎」とともに江戸期の人々に広く知られる物語となりました。
这个原型之一,就是在当地也很有名的鬼退治故事「大江山的鬼退治」。大江山是京都北部日本海旁边的一处绵延不绝的山脉,自古就作为修验道的灵山而闻名。著名的「酒吞童子」是在平安时代被消灭。历史上实际存在的武将源赖光(名字读作「minamoto no yorimitsu」,但很多人读作「raikou」),受命和称为「四天王」的同伴们,一同对其进行了讨伐。当时除了大江山以外还有很多山贼的根据地,因此也进行了山贼的讨伐。这件事后来成为物语被大众喜爱,在室町时代被描绘在名为『大江山绘词』的画卷上并留存至今。镰仓时代末期则被『御伽草子』收录,和同时被收录的「一寸法师」和「浦岛太郎」一起成为江户时期广为人知的故事。
鬼退治物語として知られる源頼光たちの行動は、山伏の姿で大江山へ向かい、途中メンバーそれぞれが八幡、熊野、住吉の(伝によって日吉も)神々に先勝祈願を行っています。その甲斐あってか頼光たちは、神々の化身である翁たちと出会い、鬼退治のキーアイテムとなる「神便鬼毒酒」や伝説的装備「星甲」を授けられるゲーム的展開を経て酒呑童子の下へ辿り着きます。もっとも正攻法では鬼に敵わないため、騙し討ちに近い作戦が実行されます。酒呑童子は粗暴というよりも理知的な鬼で、頼光は自らを役行者ゆかりの者と名乗り、行者のお引き合わせを喜びともに酒を飲もうと誘ってまんまと館に入り込み酔い潰れさせるというわけです。この辺りヤマトタケルのクマソ討伐を思い起こさせる展開ですが、酔っぱらった酒呑童子は酒好きが高じて「酒呑」と呼ばれていることや、もともとは越後の出身で最澄や空海に住処を追われた身の上を語る人間らしい側面が描かれています。実際、歴史上頼光に討伐された鬼たちは盗賊・山賊の類だったのでしょうし、実在したモデルとなった人物の説もいくつかあります。かくして酔いつぶれた酒呑童子は眠りこけ、頼光たちは鬼の力を奪い、人間が飲むと薬になるという酒の力を借り、眠る鬼の四肢を鎖で縛った上で首を斬り落とします。飛んだ首が頼光を食らおうとしますが、兜に重ねて身に着けていた星甲によって守られました。
因鬼退治物语而闻名的源赖光一行,以山伏的样子前往大江山,半路上各个成员向八幡、熊野、住吉(一说有日吉)的众神祈祷胜利。或许正因如此,赖光一行和身为众神化身的老翁们相见,发生了被授予成为鬼退治关键道具的「神便鬼毒酒」和传说中的装备「星甲」这种游戏般的展开而到达了酒吞童子的所在地。因为用正面作战的方法敌不过鬼,所以实行了近似于偷袭的作战。酒吞童子是理智胜于粗暴的鬼,因此赖光自报为有和役行者有因缘的人,酒吞童子因被介绍了行者而欢喜于是请他喝酒并轻易让他进入馆内结果被弄得酩酊大醉。这里让人想起日本武尊讨伐熊袭的展开,醉鬼酒吞童子因放纵饮酒而被冠以「酒吞」的称号,并且有着原本是越后出身但被最澄和空海赶出了住所这样的像是人类般的感慨命运的侧面描写。实际上,历史上被赖光讨伐的鬼大概是盗贼和山贼之类,至于实际存在的原型人物则有数种说法。如此这般在酩酊大醉的酒吞童子酣睡的时候,赖光一行剥夺了鬼的力量,借由人类喝下去就是药的这种酒的力量,将沉睡中的鬼的四肢用锁束缚住然后斩下了首级。飞下的头颅想吞下赖光,但是因为戴着头盔,被身上穿着的星甲守护了。
渡辺綱と茨木童子
渡边纲和茨木童子
源頼光の同行者は5人。大阪辺りを管理する役人「摂津守」だった源頼光とともに勅命を受けた山陰「丹後守」平井保昌は歌人・和泉式部の再婚相手として知られ、武勇に秀でていたことから主君藤原道長の四天王のひとりとされていました。頼光の四天王は以下の4人、自身も「一条戻橋」あるいは「羅生門」の鬼を退治している渡辺綱、足柄山の「金太郎」が長じて頼光の家臣となった坂田金時、大蛇退治の伝説を持つ薄井貞光、征夷大将軍・坂上田村麻呂の子孫とされる卜部季武とそうそうたる顔ぶれです。
源赖光的同行者有5人。曾经大阪周边的管理者「摄津守」在和源赖光一同接受敕令后作为山阴「丹后守」的平井保昌因是和歌作家与和泉式部的再婚对象而闻名,因英勇无比而成为主公藤原道长的四天王之一。赖光的四天王是以下4人,分别是亲自退治过「一条归桥」或称为「罗生门」的鬼的渡边纲,成长为足柄山的「金太郎」并且是赖光家臣的坂田金时,拥有退治大蛇传说的薄井贞光,以及征夷大将军、坂上田村麻吕的后代卜部季武等他们都是优秀的成员。
対する酒呑童子にも四天王と呼ばれる鬼たちがいます。星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子(あるいは金熊童子)などの名前が挙がっていますが、酒に酔いつぶれて酒呑童子の首が落とされた後に駆けつけてくる程度の役どころです。
相对的酒吞童子也有称为四天王的鬼。分别被称为星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子(或称金熊童子),大致是酩酊大醉的酒吞童子的首级落下后才赶赴现场程度的角色。
ところで酒呑童子の手下には、彼に次ぐ立場と思われる茨木童子がいます。頼光四天王の渡辺綱が京都の一条戻橋で相対した、人間の若い女に化けていた鬼です。正体を現した際に綱が「髭切り」と呼ばれる太刀で片腕を斬り落としましたが、茨木童子は今度は綱の養母でもある伯母に化けて結界を張った家にまんまと入り込み取り返したとされています。同じ渡辺綱が平城京の羅城門(羅生門)で鬼と闘い腕を斬り落とすというパターンの物語もあって、因縁深い関係は酒呑童子退治の物語中でも語られます。頼光らと酒呑童子の酒盛り中、身の上話をする酒呑童子は自らが脅威と思っている相手として頼光ら6人の名を挙げ、山伏姿の頼光たちがよく似ていることを訝しみつつ、召使である茨木童子を京都に差し向けた際に腕を落とされたとこがあり、酒呑童子自身は6人を恐れて京都にいかないようにしていると語っています。さらに酒呑童子の首が落とされた後、頼光の前に現れた茨木童子は再び綱とがっぷり組み合い格闘を繰り広げるのですが、茨木童子もまた頼光に首を落とされて続いた因縁に終止符が打たれることになります。
然而酒吞童子的手下中,有着立场仅次于他的茨木童子。这是和赖光四天王的渡边纲在京都的一条归桥处见面的,变化为人类年轻女子的鬼。现出原形时被渡边纲用名为「髭切」的太刀斩下一只手臂,但下次茨木童子化身为既是渡边纲的养母也是他的伯母的人之后张开结界巧妙地潜入他的家并取回了手臂。同时也有渡边纲在平城京的罗成门(罗生门)处和鬼战斗斩下手臂的这类故事,这段因缘深厚的关系在消灭酒吞童子的故事里也有讲述。在赖光一行和酒吞童子酒宴正酣时,酒吞童子谈及自己的身世并认为作为对手的赖光6人是自己的威胁并列出了他们6人的名字,并且惊讶于山伏姿态的赖光一行和他们相似,以及说由于仆从茨木童子在受命前往京都时被斩下手臂,因此酒吞童子自身害怕他们6人而不想前往京都。此外在酒吞童子的首级落下后,现身在赖光面前的茨木童子再次和渡边纲反复进行了激烈的近身战斗,但茨木童子又被赖光斩下首级之后这段一直延续的因缘就此画上了句号。
羅生門の鬼は酒呑童子退治後、討ちもらした鬼が棲みついたものともされますし、時系列や酒呑童子と茨木童子の関係性などについても異なるパターンの伝が多く、はっきりとはわかりません。茨木童子については人間の女に化けていたこともあり、実は鬼女で酒呑童子の恋人(あるいは子供)とする説もあります。
居住在罗生门的鬼是在酒吞童子被退治后,征讨遗留下的鬼,关于二者在时间上的关系及其与酒吞童子以及茨木童子的关系有很多不同的说法,无法说清。有茨木童子化为人类女子的说法,也有茨木童子其实是鬼女是酒吞童子的恋人(或孩子)的说法。
伊吹山の酒呑童子
伊吹山的酒吞童子
酒呑童子の物語には、大江山だけでなく滋賀と岐阜にまたがる伊吹山を鬼の棲み処とするものがあります。これは酒呑童子の出自も関わってくるのですが、伊吹山にはヤマトタケルが東征の帰路に立ち寄って山の神を討伐しようとするエピソードがあって、酒呑童子はその伊吹山の神と人間の女の間に生まれた子とする伝説が基盤にあります。幼い頃の酒呑童子は修行のため比叡山に入りますが、生来の酒好きが災いし、祭のために被っていた鬼の面が外れなくなり、やがて本当に鬼になってしまいます。最澄によって比叡山から追われることとなり、伊吹山や大江山に落ち延びるという下りは、頼光らとの酒盛りでの身の上話にも重なります。比叡山は古くは「日枝山」と呼ばれ、日吉大社があることでも知られていますから、源頼光たちが大江山へと向かう前に日吉大社に願掛けを行うパターンの伝にはひとつの根拠にもなっています。
酒吞童子的故事,不仅仅发生在大江山还发生在横跨滋贺和歧阜的住有鬼的伊吹山中。这和酒吞童子的出身相关,在伊吹山有着日本武尊在东征的归路上想顺道讨伐山神的轶事,酒吞童子则有着是在那个伊吹山的神和人类女子之间诞生的孩子的传说基础。幼年的酒吞童子为了修行进入比睿山,由于生来嗜酒成灾,并且为了祭祀而戴上的鬼面没有被取下来,最后成了真正的鬼。然后被最澄赶出比睿山,逃往伊吹山和大江山,这和酒宴正酣时和赖光一行谈论的身世相吻合。比睿山自古以来被称为「日枝山」,因日吉大社在那而闻名,这成为源赖光一行在前往大江山之前在日吉大社处祈愿的这种说法的根据之一。
酒呑童子を伊吹山の神の子とし、大江山で酒呑童子と呼ばれるようになるまでの物語をまとめたものを『伊吹童子』などと呼ぶことがありますが、この物語にもいくつものパターンがあって、人間の娘である酒呑童子の母親も伝によって異なってきます。伊吹山の神は『古事記』では巨大な白いイノシシですが、『日本書紀』では大蛇とされ、スサノオに退治されたヤマタノオロチが実は生き延びていて伊吹山で神として祀られるようになったとも言われています。
酒吞童子是伊吹山的神子,整理在大江山被称为酒吞童子之前的故事里面有些称其为『伊吹童子』,这个故事也有多种版本,因身为人类女儿的酒吞童子的母亲不同导致差异。伊吹山的神在『古事记』里是巨大的白色野猪,在『日本书纪』里是大蛇,有着被素盏鸣尊退治的八岐大蛇实际上活了下来并成为伊吹山的神并受人祭祀的说法。
大江山の鬼に関する一連の物語は、伊吹萃香や茨木華扇、星熊勇儀の由来として見ることでよりディープに楽しむことができます。名前だけでなく性格や外見についてもネタが仕込まれているので、いろいろと裏事情を想像しながら読んでみるのも面白いのではないでしょうか。
与大江山的鬼相关的一连串的故事,以是伊吹萃香、茨木华扇和星熊勇仪的由来的角度看可以在更深层次进行享受。不仅仅是名字在性格和外貌里也融入了许多梗,边想象各种内幕边读不也很有趣吗。

注释

  1. 日语原文里面意思为夜叉的词有「ヤクシャ」和「夜叉」,分别代表印度神话中名为夜叉的鬼神和佛教化的夜叉佛法守护神,翻译时分别用「Yaksha」和「夜叉」来区分,「罗刹」同。